名目値のシミュレーションが生む錯覚

「30 年後に 5,000 万円の資産を築く」という目標を立てたとき、多くの人は名目値 (額面) で計算します。しかし、年 2% のインフレが 30 年間続くと、5,000 万円の購買力は現在の約 2,760 万円相当に低下します。つまり、名目 5,000 万円を達成しても、実質的には目標の半分程度の価値しかないのです。この錯覚を避けるには、すべての計算を実質ベース (インフレ調整済み) で行う必要があります。

実質リターンは「名目リターン - インフレ率」で近似できます。名目リターンが年 7% でインフレ率が 2% なら、実質リターンは約 5% です。この実質リターンで計算した将来の資産額は、現在の購買力に換算した値になるため、直感的に理解しやすくなります。月 5 万円を実質リターン 5% で 30 年間積み立てると、実質ベースで約 4,161 万円になります。これは現在の 4,161 万円と同じ購買力を持つ金額です。

インフレ率の設定が結果を大きく左右する

シミュレーションに使うインフレ率の設定は慎重に行う必要があります。日本の消費者物価指数 (CPI) は 2013 年から 2021 年まで年平均 0.5% 程度でしたが、2022 年以降は 3-4% に急上昇しました。過去 30 年の平均を使うか、直近 5 年の平均を使うかで結果は大きく変わります。保守的なシミュレーションでは、複数のインフレシナリオ (低: 1%、中: 2%、高: 3%) を並行して計算し、幅を持った見通しを立てることが重要です。

医療費や教育費など、一般的なインフレ率を上回るペースで上昇する支出項目もあります。物価上昇と家計対策の書籍では、費目別のインフレ率の違いと、それを考慮した資金計画の立て方が紹介されています。

インフレ率別の資産目減りシミュレーション

現在 3,000 万円の資産を保有し、運用せずに預金のまま放置した場合のインフレによる実質目減りを計算します。インフレ率 1% では 20 年後の実質価値は約 2,456 万円 (18% 減)、2% では約 2,014 万円 (33% 減)、3% では約 1,651 万円 (45% 減) です。預金金利が 0.1% 程度の環境では、インフレ率との差分がそのまま実質的な損失になります。

逆に、インフレ率を上回るリターンで運用すれば購買力は増加します。年利 5% で運用しインフレ率が 2% の場合、実質リターンは約 3% となり、3,000 万円は 20 年後に実質約 5,418 万円に成長します。「何もしないリスク」を数値で把握することが、資産運用を始める最大の動機になります。

実質ベースの目標設定で計画の精度を高める

老後に月 25 万円の生活費が必要だと見積もる場合、30 年後の名目値では月 45 万円以上が必要になります (インフレ率 2% の場合)。実質ベースで計画を立てれば、「現在の価値で月 25 万円」という分かりやすい目標のまま計算を進められます。取崩し額もインフレに連動して増やす前提で設計すれば、購買力を維持した生活が可能です。

年金受給額は物価スライド制により一定のインフレ調整が行われますが、マクロ経済スライドにより完全には追いつきません。この差分を自助努力で埋める必要があります。年金制度とマクロ経済スライドの解説書で制度の仕組みを理解し、不足分を正確に見積もることが大切です。当サイトのシミュレーターでインフレ率を変えながら複数パターンを試し、自分に合った資産計画を立ててみてください。