退職後の医療費の実態 - 年齢とともに増加する自己負担

厚生労働省の推計 (2023 年度) によると、日本人の生涯医療費は男女計で約 2,966 万円 (およそ 3,000 万円) で、そのうち 70 歳以降が約 47% を占めます。現役世代の医療費自己負担は 3 割ですが、70-74 歳は 2 割、75 歳以上は 1 割 (現役並み所得者は 3 割) に軽減されます (2026 年 8 月時点)。ただし、自己負担割合が低くても、受診頻度と医療費総額の増加により、実際の支出は増えていきます。同じ厚生労働省の推計では、年齢階級別の 1 人当たり医療費 (2023 年度・医療保険制度分) は 65-69 歳で約 49.5 万円、75-79 歳で約 78.1 万円、85-89 歳で約 108.7 万円と伸びていき、窓口での自己負担はこの総額に自己負担割合を掛け、高額療養費の上限で抑えた金額になります。さらに、保険適用外の費用 (差額ベッド代、先進医療、歯科インプラントなど) は全額自己負担となるため、実際の医療関連支出はこれらの数字を上回ります。

高額療養費制度は、月間の医療費自己負担に上限を設ける重要なセーフティネットです。70 歳以上で年収が約 370 万円までの一般所得区分では、2026 年 8 月からの上限額は外来 (個人ごと) が月額 22,000 円 (年間上限 216,000 円)、入院を含む世帯単位では月額 61,500 円 (年単位の上限は 530,000 円) です。2026 年 7 月までは外来が月額 18,000 円 (年間 144,000 円)、世帯単位が月額 57,600 円でした。上限額は段階的に見直される予定のため、受診の時点で自分の所得区分と適用される金額を確認してください。この制度があるため、がんなどの高額な治療を受けても、自己負担が青天井になることはありません。ただし、食事代、差額ベッド代、交通費などは高額療養費の対象外です。

介護費用の現実 - 平均 500 万円超の自己負担に備える

生命保険文化センターの 2024 年度「生命保険に関する全国実態調査」によると、介護に要した費用は一時的な費用 (住宅改修、介護用品購入など) の合計が平均約 47 万円、月々の費用が平均約 9.0 万円、介護期間の平均が約 55 か月 (4 年 7 か月) です。この 3 つを単純に組み合わせると、介護費用の総額は約 540 万円という計算になります。一時的な費用は 2021 年度の調査では平均約 74 万円で、調査回ごとの振れが大きい点にも注意が必要です。ただし、これはあくまで平均値であり、認知症で長期の施設介護が必要になった場合は 1,000 万円を超えることも珍しくありません。介護保険の自己負担は原則 1 割 (一定以上の所得者は 2-3 割) ですが、介護保険の支給限度額を超える部分は全額自己負担となります。

介護費用を考える際に見落としがちなのが、介護する側の経済的負担です。総務省の就業構造基本調査 (2022 年) によると、介護・看護のために直近 1 年間に前職を離職した人は 10.6 万人で、2017 年の 9.9 万人から増加に転じ、それまでの減少傾向が反転した形です。この「介護離職」は、介護者自身の収入減少と将来の年金額の低下という二重の経済的打撃をもたらします。介護サービスを適切に利用し、地域包括支援センターに早期に相談することで、家族の負担を軽減しながら介護費用を最適化する道が開けます。

医療・介護コストを織り込んだ老後の資金計画

老後の資金計画に医療・介護コストを織り込む際は、「基本生活費」と「医療・介護準備金」を分けて考えることが有効です。基本生活費は年金と資産の取崩しで賄い、医療・介護準備金として別途 500-1,000 万円を確保しておきます。この準備金は流動性の高い預金や個人向け国債で保有し、必要な時にすぐ引き出せるようにしておくことが重要です。また、民間の医療保険や介護保険への加入も選択肢の一つですが、公的制度のカバー範囲を正確に理解したうえで、不足部分を補う形で検討すべきです。過剰な保険加入は保険料負担が資産形成を圧迫するため、公的制度を最大限活用する姿勢が基本となります。

医療・介護コストを過度に恐れる必要はありませんが、現実的な見積もりに基づいた準備は不可欠です。

公的な保障と民間保険の重なりを洗い出す

医療・介護費用への備えを具体化するために、まず現在加入している健康保険の高額療養費制度の自己負担上限額を確認しましょう。所得区分によって上限額が異なるため、自分がどの区分に該当するかを把握しておくことが重要です。次に、現在加入している民間の医療保険・介護保険の保障内容を見直し、公的制度と重複している部分がないかを確認してください。過剰な保険料を支払っている場合は、その分を資産形成に回す方が合理的です。

老後の医療・介護準備金として、基本生活費とは別に 500-1,000 万円を目標に積み立てる計画を立てましょう。この準備金は流動性を重視し、普通預金や個人向け国債など、必要な時にすぐ引き出せる形で保有します。複利計算ツールで、現在の年齢から退職までに必要な積立額を試算し、iDeCoNISA と合わせた総合的な資産形成計画に組み込むことが、安心できる老後の基盤づくりにつながります。