SPXL の基本情報 - S&P500 を 3 倍で追う
SPXL (Direxion Daily S&P 500 Bull 3X Shares) は、S&P500 指数の日次リターンの 3 倍を目指すレバレッジ ETF である。運用会社は Direxion で、2008 年 11 月 5 日に設定された。経費率は 2026 年 8 月時点で実質 年 0.84% (総経費率 0.95% に 2027 年 9 月 1 日までの報酬減免を反映した値。かつては 0.97% だった) で、同種の 3 倍 ETF としては標準的な水準である。純資産額は約 40 億ドル規模。
S&P500 は米国大型株 500 銘柄で構成される時価総額加重指数であり、米国株式市場全体の約 80% をカバーする。テクノロジー (約 30%)、ヘルスケア (約 13%)、金融 (約 13%)、一般消費財 (約 10%) など、幅広いセクターに分散されている。TQQQ や SOXL と比較して、SPXL は最も分散度の高い 3 倍 ETF である。
S&P500 の歴史的な年率リターンは約 10% (配当込み) であり、年率ボラティリティは約 15-18% である。理論上、SPXL は年率 30% のリターンを期待できるが、ボラティリティ減価により実際のリターンはこれを下回る。減価の理論値は -3 × (0.16)² ≈ -7.7% であり、期待リターンは約 22-23% に低下する。
SPXL は「インデックス投資の延長線上にあるレバレッジ商品」として位置づけられる。S&P500 への長期投資を信じる投資家が、リスクを取ってリターンを加速させたい場合の選択肢である。ただし、3 倍のレバレッジは 3 倍のリスクを意味し、暴落時の損失は壊滅的になりうる。
理論と現実のギャップ - なぜ年率 30% にならないのか
S&P500 の歴史的年率リターンが 10% であれば、3 倍 ETF は年率 30% を期待できるはずである。しかし、実際の SPXL の年率リターンは、設定 (2008 年 11 月) から 2025 年初までの実績で約 20-25% にとどまる (この実績はリーマンショックの底の直前から始まる点に注意が必要である)。この 5-10% のギャップの正体がボラティリティ減価である。
数学的に説明する。レバレッジ ETF の長期リターンは、原指数のリターンを μ、ボラティリティを σ、レバレッジ倍率を L とすると、近似的に Lμ - L(L-1)σ²/2 で表される。SPXL の場合、3 × 10% - 3 × 2 × (16%)²/2 = 30% - 7.7% = 22.3% となる。
この 7.7% の減価は、毎日のリバランスによる「高値買い・安値売り」の繰り返しから生じる。上昇した日の翌日はより大きなポジションで臨み、下落した日の翌日はより小さなポジションで臨む。レンジ相場ではこの非対称性が累積し、資産を蝕む。
ただし、22-23% の年率リターンでも、複利で 20 年運用すれば元本は約 50-70 倍になる。S&P500 の 1 倍 (配当込みの年率 10%) で 20 年運用した場合の約 6.7 倍と比較すると、ボラティリティ減価を差し引いてもなお圧倒的なリターンである。ただしこれは年率 22-23% が 20 年間そのまま続いた場合の理論値であり、後述の 2005 年初から 2025 年初までのバックテスト (15-20 倍・年率換算 15-16%) はこれを大きく下回る。差を作るのは、暴落を実際に通過する経路と、レバレッジ分の借入コストである。問題は、この 20 年間に必ず訪れる暴落を乗り越えられるかどうかだ。
20 年シミュレーション - 2005 年から 2025 年のバックテスト
SPXL は 2008 年 11 月設定だが、S&P500 の日次データを使えば 2005 年からの仮想バックテストが可能である。以下は 2005 年初に 100 万円を投資し、2025 年初まで保有した場合の概算である。1 倍・3 倍とも配当を含まない価格ベースの指数でそろえ、売買手数料・税・為替の影響は考慮せず、2008 年 11 月より前の SPXL は「S&P500 の日次リターンの 3 倍から日次リバランスの減価と経費率を差し引いた仮想系列」として扱う。配当を再投資した場合の金額はいずれもこれより大きくなる。S&P500 (1 倍) は 2025 年初に約 490 万円 (約 4.9 倍・20 年の年率換算で約 8%) となった。
同期間 (2005 年初 → 2025 年初) の SPXL (3 倍シミュレーション) は、約 1,500-2,000 万円 (15-20 倍) となった。ただし、この道のりは平坦ではない。100 万円はまず 2007 年 10 月の高値時点で約 200 万円 (約 2 倍) まで増える。2005 年から 2007 年はボラティリティが年率 11-12% と低く減価が小さかったため、指数の約 +30% が 3 倍シミュレーションでは約 2 倍になる区間だった。そこから 2008-2009 年のリーマンショックで -97.1% (2007 年 10 月の高値から 2009 年 3 月の底まで) を受け、資産は約 6 万円まで減少した。2005 年初の元本 100 万円に対しては -94% であり、ここで売却していれば 94 万円の損失で終わっていた。
しかし、保有を続けた場合、2009 年 3 月の底値から 2025 年初までの約 16 年で SPXL は約 250-350 倍まで伸びた。底値の約 6 万円が約 1,500-2,000 万円に育った計算である。これは複利効果の極端な例であり、底値からの回復局面で 3 倍レバレッジが爆発的に作用した結果である。
このシミュレーションから得られる教訓は 2 つある。第一に、SPXL は -97% の下落を経験してもなお、20 年間の長期保有で S&P500 を大幅に上回るリターンを実現できた。第二に、-97% の含み損に耐えて保有を続けることは、人間の心理として極めて困難である。理論上の最適解と実行可能性の間には巨大なギャップがある。
区間別に見た複利と減価の綱引き
| 区間・指標 | S&P500 (1 倍) | SPXL (3 倍シミュレーション) |
|---|---|---|
| ① 2005 年初 100 万円 → 2007 年 10 月 高値 | 約 130 万円 (約 +30%) | 約 200 万円 (約 2 倍) |
| ② 2007 年 10 月 高値 → 2009 年 3 月 底 | -56.8% (約 56 万円) | -97.1% (約 6 万円) |
| ③ 2009 年 3 月 底 → 2025 年初 | 約 8.7 倍 | 約 250〜350 倍 |
| ①②③ 通算 (2005 年初 → 2025 年初) | 約 490 万円 (約 4.9 倍) | 約 1,500〜2,000 万円 (15〜20 倍) |
| 同 20 年の年率換算 | 約 8% | 約 15〜16% |
表の ①②③ は 1 本の経路として掛け算でつながっている (1 倍・3 倍とも配当を含まない価格ベースでそろえた)。3 倍シミュレーションなら 100 万円 → 約 200 万円 (2007 年 10 月) → 約 6 万円 (2009 年 3 月) → 約 1,500〜2,000 万円 (2025 年初) であり、1 倍なら 100 万円 → 約 130 万円 → 約 56 万円 → 約 490 万円 となる。通算の倍率だけを見れば 3 倍レバレッジの圧勝に見えるが、③ の回復に乗れるのは ② の -97.1% を通過した投資家だけである。20 年の結果は、この ② に耐えられた場合の数字である。また年率換算の 15〜16% は理論値の 22〜23% を下回る — 暴落を実際に通過する経路と借入コストが理論値との差になっている。
リーマンショック時の壊滅 - -97% の現実
2007 年 10 月の高値から 2009 年 3 月の底値まで、S&P500 は -56.8% 下落した。同期間の SPXL (3 倍シミュレーション) は -97.1% の下落となった。単純計算では -56.8% × 3 = -170.4% (つまり元本以上の損失) だが、日次リバランスにより実際の損失は -97.1% にとどまった。
「-97.1% にとどまった」という表現は語弊がある。2007 年 10 月の高値時点で 100 万円だった資産が、2009 年 3 月には約 2.9 万円になるのである。日次リバランスがなければ (つまり固定レバレッジであれば) 元本を超える損失が発生し、追証や強制決済に至る。日次リバランスは損失を元本の範囲内に抑える安全弁として機能するが、その代償として資産のほぼ全てを失う。
リーマンショック級の暴落 (-50% 以上) が発生した場合、SPXL は事実上ゼロに近い水準まで下落する。-97.1% から元の水準 (2007 年 10 月の高値) に戻るには、約 34.5 倍 (+3,348%) のリターンが必要である。2009 年 3 月の底値から 2025 年初までに S&P500 (1 倍) は約 8.7 倍 (配当を含まない価格ベース) だったが、同じ区間で 3 倍の日次リバランスは約 250-350 倍まで伸びた。上昇トレンドが長く続く相場では、レバレッジの結果は「指数の上昇率の 3 倍」ではなく、それを大きく超える形で複利が働く。だからこそ、これだけ深い穴も埋まり得る。
ではなぜ 20 年シミュレーションで SPXL が S&P500 を上回ったのか。暴落前に積み上げた含み益ではない。それは -97.1% でほぼ消えている。効いたのは 2009 年 3 月以降に上昇トレンドが長く続いたことであり、底値からの約 250-350 倍がそのまま 20 年後の結果を作った。20 年の成績は「暴落をどう避けたか」よりも「暴落の後に何年の上昇相場が残っていたか」で決まっている。
それでも S&P500 を上回った事実 - 条件付きの勝利
20 年間の長期保有で SPXL が S&P500 を上回ったのは事実だが、これは「たまたま」ではなく構造的な理由がある。S&P500 の年率リターン (約 10%) がボラティリティ減価 (約 7-8%) を上回っているため、長期的には複利効果が減価を凌駕する。
ただし、この勝利には重要な条件がある。第一に、投資期間が十分に長いこと (15 年以上)。10 年未満の期間では、暴落のタイミング次第で S&P500 に劣後するケースが多い。第二に、暴落時に売却しないこと。-97% の含み損に耐えて保有を続ける鉄の意志が必要である。
第三に、S&P500 が長期的に上昇トレンドを維持すること。過去 100 年間、S&P500 は長期的に右肩上がりを続けてきたが、これが今後も続く保証はない。日本の日経平均は 1989 年の高値を 2024 年まで 35 年間更新できなかった。もし S&P500 が同様の長期停滞に陥れば、SPXL はボラティリティ減価により確実に資産を失い続ける。
複利計算の観点から整理すると、SPXL の長期リターンは「S&P500 の年率リターン × 3 - ボラティリティ減価」で近似できる。S&P500 の年率リターンが 10% を維持する限り、SPXL は長期で S&P500 を上回る可能性が高い。しかし、年率リターンが 5% に低下すれば、3 × 5% - 7.7% = 7.3% となり、S&P500 (5%) との差はわずか 2.3% に縮小する。リスクに見合わない。
複利と減価の綱引き - 数学的結論
SPXL における複利効果とボラティリティ減価の綱引きを、数学的に整理する。複利効果は「上昇した翌日により大きなポジションで臨む」ことで生じ、トレンドが続く限り加速度的にリターンを増幅する。減価は「上下動の繰り返しで資産が削られる」ことで生じ、ボラティリティが高いほど大きくなる。
勝敗の分岐点は、原指数の年率リターン μ とボラティリティ σ の関係で決まる。SPXL が S&P500 (1 倍) を上回る条件は、3μ - 3σ² > μ、すなわち μ > 1.5σ² である。S&P500 のボラティリティ σ = 16% を代入すると、μ > 1.5 × (0.16)² = 3.84% となる。S&P500 の歴史的年率リターン 10% はこの条件を余裕で満たす。
しかし、この計算は「連続複利」の近似であり、実際の離散的な日次リバランスではさらに複雑な要因が絡む。特に、大幅な下落日 (-5% 以上) が集中する暴落局面では、日次リバランスによるエクスポージャー縮小が急速に進み、回復局面でのレバレッジ効果が弱まる。
結論として、S&P500 が歴史的な平均リターン (年率 8-12%) を維持し、かつ投資期間が 15 年以上であれば、SPXL は高い確率で S&P500 を上回る。ただし、その過程で -90% 以上の下落を経験する覚悟が必要であり、この覚悟なしに SPXL を保有すべきではない。
SPXL に関するよくある質問
SPXL は長期保有できるか?
条件付きで可能である。S&P500 が歴史的平均 (年率 8-12%) に近いリターンを維持し、15 年以上保有を続けられるなら、シミュレーション上は SPXL が S&P500 を上回る可能性が高い。ただし、その過程で -90% 級のドローダウンに耐える覚悟と、資産全体に占める比率を抑えるポジション管理が前提であり、万人向けの戦略ではない。